
正直なところ、わたしは特に小林麻央さんのファンというわけではなかったし、市川海老蔵さんはヤンチャで破天荒なイメージがあってどちらかというと苦手だった。「大変なところにお嫁に行って、麻央さんも大変だろうな-」という程度の認識。
その認識が変わったのが、去年6月の例の海老蔵さんの会見だった。
会見の1年8か月も前から麻央さんは闘病していて、しかし海老蔵さんはそれを隠し通していた。
麻央さんと私はほぼ同世代(正確には1学年違い)。麻央さんの長女とうちの長女は同学年。麻央さんの長男とうちの次女は2歳差。
わたしの家族と似たような家族構成。
そして彼女の乳がん闘病がマスコミによって公になり、夫である海老蔵さんが気丈な会見をした時期は、わたしの右乳房にできた腫瘍が「境界悪性葉状腫瘍」と判明した時期と重なる。
あの会見は全く他人事と思えなかった。
わたしの胸にできたしこりは癌ではなく、葉状腫瘍だった。
良性ではなく境界悪性だったので、いろいろ覚悟もしたし再手術も受けたけれど、その後は再発もなく安定している。
でも麻央さんのそれは癌で、ぐんぐん進行し、全身に転移し、闘病ののち、亡くなった。
わたしと麻央さんはどこが違ったのか。
わたしが彼女のような状況になっていてもおかしくなかったのではないか。
そう思うと、麻央さんの動向がどうしても気になった。
普段芸能人のブログなんて見ないけれど、麻央さんのブログは毎日チェックしていて、お子さんの様子や病状の報告に一喜一憂した。
ブログを読んでいる自分は彼女の闘病をコンテンツとして楽しんでいるのではないか、と気がついて嫌になったけれど、それでもどうしても目が離せなかった。
大変な状況になってもブログで自分の状態やそれについての対処法などを発信し続けている、その意味をずっと考えていた。
幼い子を持つ母としてはどうしても「子どもたちを残して逝くなんて、どんなに心残りだっただろう」という気持ちに傾きそうになるけれど、去年麻央さんがBBCに寄稿した記事に、こんな文章があったのを思い出した。
twitterなどではもうかなり出回っている文章だけれど、一部引用させていただく。
(前略)
例えば、私が今死んだら、
人はどう思うでしょうか。
「まだ34歳の若さで、可哀想に」
「小さな子供を残して、可哀想に」
でしょうか??
私は、そんなふうには思われたくありません。
なぜなら、病気になったことが
私の人生を代表する出来事ではないからです。
私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、
愛する人に出会い、
2人の宝物を授かり、家族に愛され、
愛した、色どり豊かな人生だからです。
だから、
与えられた時間を、病気の色だけに
支配されることは、やめました。
なりたい自分になる。人生をより色どり豊かなものにするために。
だって、人生は一度きりだから。
今後わたしは、妻として、母として、そしてひとりの女性として、色どり豊かな人生を送っていきたい。
そして、麻央さんが亡くなる直前まで発信を続けた意味を考えていきたい。
わたしは来月会社を退職して、人生の新たな一歩を踏み出す。人生を豊かにするために。
ライター業に限らず、自分がやってみたいと思ったことは躊躇せずに挑戦して、
この世を去る前に満足した気持ちで、夫に「愛してる」と言って旅立ちたい。
まあ、夫は「俺はようこが先に死ぬなんて絶対に耐えられないから、俺が先に死ぬ」っていつも言ってるんだけど。
麻央さん、心からご冥福をお祈りします。
麻央さんが残したあの文章の数々は、きっと今後、お子さんの心の支えになるでしょう。
今後、ご家族が穏やかな時間を過ごせますように。そして、お子さんが健やかに成長されますように。
なんだかまとまらないブログでごめんなさい。
どこかに気持ちを書き留めておきたかったのです。